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東京高等裁判所 昭和46年(ネ)2360号 判決

控訴人 株式会社牧野商会

右代表者代表取締役 牧野栄吉

右訴訟代理人弁護士 田口康雅

横田聡

被控訴人 中島貞助

右訴訟代理人弁護士 檜山雄護

主文

被控訴人と訴外神保国治との間で昭和四〇年一二月九日頃締結された別紙物件目録第一記載の建物及びその敷地である同目録第二記載の土地の借地権についての代物弁済予約契約を、控訴人の債権額金一、一八五万五、九一五円の限度で、取消す。

被控訴人は、控訴人に対し、金一、一八五万五、九一五円を支払え。

控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、被控訴人の負担とする。

事実

一  当審において、控訴人は、当初、「原判決を取消す。被控訴人と訴外神保国治との間で締結された別紙物件目録第一記載の建物(以下、本件建物という。)を目的とする昭和四一年三月一日付買戻特約付売買契約を取消す。被控訴人は、控訴人に対し、金一、一八五万五、九一五円(控訴状の控訴の趣旨中「金一、一八五万五、九一九円」とあるのは、「金一、一八五万五、九一五円」の誤記と認める。)を支払え。訴訟費用は、第一、二審を通じ、被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めていたが、その後、控訴代理人は右請求の趣旨を交替的に変更して、「被控訴人と訴外神保国治との間で昭和四〇年一二月九日頃締結された本件建物及びその敷地である別紙物件目録第二記載の土地(以下、本件土地という。)の借地権についての代物弁済予約契約を取消す。被控訴人は、控訴人に対し、金一、一八五万五、九一五円を支払え。」との判決を求め、これに対し、被控訴代理人は請求棄却の判決を求めた。

二  控訴代理人は、請求の原因として、次のとおり述べた。

(一)  控訴人は時計卸商人であり、訴外神保国治は時計小売商人である。しかして、控訴人は、神保に対し、昭和三五年頃から昭和四一年二月二五日頃まで、継続的に時計の卸売をし、その間における昭和四〇年一二月九日現在での売掛金残額は金一、四五九万二、五一五円、昭和四一年三月一日における売掛金残額は金一、二二一万九、九一五円であったところ、昭和四二年一月三〇日神保から金三六万四、〇〇〇円の内入弁済があったので、結局、控訴人の神保に対する売掛金残債権は金一、一八五万五、九一五円である。

(二)(1)  被控訴人は、神保に対し、昭和三九年春から同年夏にかけての数回にわたる貸金合計金五五〇万円(控訴人の昭和四八年六月二七日付準備書面二枚目表一行目の「五〇〇万円」は、「五五〇万円」の誤記と認める。)と昭和四〇年一〇月三〇日頃から同年一二月九日頃にかけての数回にわたる貸金合計金二九八万円との合計額金八四八万円の貸金債権を有していたが、昭和四〇年一二月九日頃、神保との間で、同人に対する右貸金債権金八四八万円につき、同人が昭和四一年二月末日限りこれを返済しないときは、同人において右返済にかえて本件建物の所有権及びその敷地である本件土地の借地権を被控訴人に移転する旨の代物弁済予約契約をした。

(2)  しかして、被控訴人は、昭和四一年三月一日、神保の右貸金債務の不履行を理由として、右代物弁済の予約に基き、本件建物の所有権を取得する旨の意思表示を神保に対してなし、同年三月二日本件建物について被控訴人名義に所有権移転登記を経由した。

(三)  ところで、右本件代物弁済予約契約のなされた昭和四〇年一二月九日頃神保の資産状態は悪化しており、同人にとっては本件建物が唯一の所有不動産であったのに、同人に対する債権者は被控訴人のほかにも多くあったのであるから、被控訴人・神保間における本件代物弁済予約契約が他の債権者を害する行為であることは明白であり、神保も被控訴人もともにこれを知悉していた。そうすると、本件代物弁済予約契約は詐害行為であるから、これが取消を求める。

(四)  しかして、本件建物については、右代物弁済予約当時、すでに株式会社第一相互銀行を債権者とする元本極度額金五〇〇万円の根抵当権(なお、その後、昭和四一年四月二二日契約解除により確定債権額金二九万三、三二〇円の普通抵当権となった。)が設定登記されていたが、更に、被控訴人は、本件建物の所有権取得後、新日本電気工業株式会社負担の債務の担保のため、本件建物について株式会社東都銀行を債権者とする元金極度額金五〇〇万円の根抵当権を設定のうえ、昭和四一年三月二九日その旨の登記を経由し、又、本件建物を他人に賃貸している。

(五)  本件では、右の次第で原状回復が不可能なので、控訴人としては財産の回復に代る賠償を請求すべきところ、右価格賠償額は詐害行為時から口頭弁論終結時までの本件建物(但し、敷地である本件土地の借地権を含む。)の最高価額金二、〇四一万八、〇〇〇円(内訳、建物価額金二六七万円、借地権価額金一、七七四万八、〇〇〇円)から前叙抵当債権額金四二九万三、三二〇円を控除した残額のうち、控訴人の有する本件売掛金残債権額金一、一八五万五、九一五円である。

仮に、右主張が認められず、価格賠償額は詐害行為時における本件建物価額であるとされるならば、本件詐害行為時である昭和四〇年一二月九日頃当時における本件建物の時価(但し、敷地の本件土地の借地権価額を含む。)は金一、〇一八万六、七九一円であり、これは控訴人の債権額を下廻るものであるから、右時価の全額が財産の回復に代る価格賠償として控訴人に支払われるべきである。

(六)  よって、控訴人は、詐害行為取消権に基いて、被控訴人に対し、

(1)  被控訴人・神保間の本件代物弁済予約契約の取消、

(2)  本件詐害行為による価格賠償として金一、一八五万五、九一五円の金員の支払

を求める。

三  被控訴代理人は、請求の原因に対する答弁及び主張として、次のとおり述べた。

(一)  請求原因第一項の事実中、控訴人が時計卸商人であり、神保が時計小売商人であるとの点は認めるが、その余の点については知らない。

(二)  同第二項の事実は、いずれも認める。

(三)  同第三項の事実は、すべて否認する。

(四)  同第四項の事実中、株式会社第一相互銀行に対する抵当権に関する事実は争わないが、その余の主張は争う。

(五)  同第五項の事実は、すべて否認する。

(六)  同第六項の主張は争う。

(七)  被控訴人が神保との間で昭和四〇年一二月九日本件代物弁済予約契約をなすに至った経緯は次のとおりであって、当時神保は無資力ではなかったし、被控訴人には何ら詐害の意思がなかったから、控訴人の詐害行為取消の主張は当らない。すなわち、

(1)  そもそも、本件建物の建築資金は被控訴人の神保に対する貸金によって賄われたばかりでなく、本件建物建築のため敷地の地主である藤井嘉一郎の承諾を得ることについても被控訴人において多大の貢献をした。

(2)  かくて、被控訴人は神保に対し昭和三九年春から同年夏にかけて合計金五五〇万円を貸与したがその回収が困難になったので、被控訴人及び神保は、昭和四〇年一〇月五日、右貸金の弁済等について、①神保は、昭和四〇年一二月末日限り、被控訴人に対して右金五五〇万円の貸金を返済すること、②神保は、右貸金返済の債務を担保するため、本件建物の所有名義を被控訴人に移転し、その敷地である本件土地に対する貸借権を被控訴人に譲渡すること、③神保は本件建物を担保として株式会社第一相互銀行から融資を受け得ること、④神保が右融資を受けるまで本件建物の所有名義は変更しないが、右融資を受けた後は、神保は、被控訴人の請求に応じ、いつでも本件建物の所有名義を被控訴人に変更することを約旨とする譲渡担保契約をした。

(3)  そして、神保は、昭和四〇年一一月一二日株式会社第一相互銀行から金五〇〇万円の融資を受けた。被控訴人は、右融資金の調達に協力したばかりでなく、更に、同年一〇月三〇日から同年一二月九日までの間数回にわたり合計金二九八万円を神保に貸増して同人の事業活動を援助した。

(4)  しかし、被控訴人は、神保のために第一相互銀行との関係を考慮するとともに、他方、藤井から本件建物の敷地賃借権譲渡の承諾を簡単に得られそうもなかったので、やむなく、前掲(2)の譲渡担保契約を解除し、あらためて、同年一二月九日、神保との間で同人に対する弁済期昭和四一年二月末日の前記貸金合計金八四八万円の金銭債権について同人所有の本件建物及びその敷地である本件土地の賃借権に対して本件代物弁済予約契約を締結した。

(5)  しかして、昭和四〇年一二月九日当時、神保は本件建物のほかに川崎市下沼部にも店舗を有していて活溌に事業活動をしていたのであり、現に控訴人自身も神保に対し同年一二月九日から同年一二月二九日までに約三〇回にわたって合計約三〇〇万円の商品を売渡し、かつ、これらの代金として神保振出の約束手形数通を受取り、同年一二月二七日には金一五〇万余円の弁済を受けているくらいなので、その頃神保は無資力でなく、同人が早晩倒産の破目に陥るなどとは自他ともに夢想だにされなかった。それ故、被控訴人には、本件代物弁済予約契約の際これにより他の債権者を害する意思も認識も全くなかったのである。

(6)  しかも、本件代物弁済予約契約が締結された昭和四〇年一二月九日当時における本件建物の時価(敷地賃借権の価額を含む。以下、同じ。)は、第一相互銀行に対する前叙抵当債務を考慮するときは、金五〇〇万円余に過ぎず、さらに右予約の完結の意思表示がなされた昭和四一年三月一日当時における本件建物の時価もほぼ同額とみて差支えない。他方、被控訴人は、神保に対して合計金八四八万円の貸金債権を有しており、その弁済に代えて本件代物弁済予約契約をなしたものであるから、右代物弁済の予約ないしその完結を目して詐害行為とすることはできない。

四  証拠≪省略≫

理由

一  控訴人会社が時計類の卸売を業とする株式会社であり、訴外神保国治が時計類の小売を業とする商人であることは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫を総合すれば、控訴人会社は、神保に対し、昭和三四年頃から昭和四一年二月二六日頃まで継続的に時計類を売渡し、その間における売掛金残額は昭和四〇年一二月九日頃で約一、六〇〇万円、昭和四一年二月二六日頃以降同年中には金一、二二一万九、九一五円に及んだが、昭和四二年一月三〇日金三六万四、〇〇〇円の内入弁済があったので、控訴人会社の神保に対する売掛金残債権は、結局、金一、一八五万五、九一五円となっていることが認められる。

二  しかして、被控訴人は神保に対して控訴人主張のとおりの貸金合計金八四八万円の債権を有していたところ、昭和四〇年一二月九日頃、被控訴人と神保との間で、右貸金債権金八四八万円の返済につき、本件建物の所有権及びその敷地である本件土地の借地権を目的物件とする控訴人主張の本件代物弁済予約契約が成立したこと、被控訴人は、昭和四一年三月一日、神保の右貸金債務の不履行を理由として右代物弁済の予約に基き本件建物の所有権を取得する旨の意思表示を神保に対してなし、同年三月二日、本件建物について被控訴人名義に所有権移転登記を経由したことは、いずれも当事者間に争いがない。

三  しかるところ、控訴人は昭和四〇年一二月九日頃被控訴人と神保との間でなされた本件代物弁済予約契約は右両名において他の債権者を害することを知悉しながらなした詐害行為であると主張し、被控訴人はこれを否認するので、この点について判断する。

前掲一、二の当事者間に争いのない事実及び認定事実、≪証拠省略≫を総合すれば、次の各事実が認められる。すなわち、

(一)  被控訴人は、昭和三九年頃から神保に対して金銭の貸付をしていたが、昭和四〇年五月頃神保において本件建物の新築をしようとしていた頃には神保に対する貸付金が金四〇〇万円又は金五〇〇万円以上になっていたので、神保の懇請によって本件建物の建築資金の一部を融資するに際して神保に貸付金債権額金五五〇万円の存在を承認させ、本件建物をその担保として提供させるために被控訴人主張のような記載内容の借用証書を作成し、神保も右債務額とその返済期日とを諒承して本件建物が右債権の担保となることは承知したこと(なお、≪証拠省略≫によれば、本件建物については昭和四〇年九月二〇日神保のために所有権保存登記がなされていることが認められる。)、

(二)  その後、被控訴人は、昭和四〇年一〇月頃から同年一二月九日頃までの間に、神保に対し、数回にわたって合計金二九八万円を貸付け、担保として神保振出の約束手形を受取っていたが、同年一二月九日頃、神保との間で前記金五五〇万円と右金二九八万円との合計金八四八万円の貸付を昭和四一年二月末日までに支払うこと、右支払を怠ったときはその代物弁済として本件建物の所有権及びその敷地である本件土地の借地権を被控訴人に移転すべき旨の本件代物弁済予約契約がなされたこと、

(三)  ところで、右本件代物弁済予約契約成立当時における神保の資産状態はどうであったかというと、債務として控訴人会社に対する前認定の買掛金債務約金一、六〇〇万円、被控訴人に対する前叙貸金債務金八四八万円のほかにも他の仕入先に対する買掛金や金融筋に対する債務千数百万円があり、これらのものだけでも、控訴人会社、被控訴人ほか多くの債権者に対してすでに総計数千万円に及ぶ債務額を負担していたのに、他方、みるべき資産としては唯一の所有不動産の本件建物及びその敷地である本件土地の借地権(なお、本件建物の価格が、敷地である本件土地の借地権価格を含めても、控訴人会社等多数債権者に対する前叙総負債額にはるかに及ばないものであることは、後記認定により明らかである。)が主たるものであったのであり、しかも、営業振りはいわゆる自転車操業であって債務の支払に追われるため仕入れた商品もすぐ他に安く転売してしまう始末で、被控訴人は神保のこうした状況に不安を感じ前叙金八四八万円の貸金債権の回収不能の危険を察知して神保との間で本件代物弁済予約契約を締結したものとうかがえること、

(四)  そして、現に、翌年に入って、神保が昭和四一年二月二六日頃に不渡手形を出したため、前叙金八四八万円の貸金債権の返済は不能となり、被控訴人は、これを理由として、昭和四一年三月一日、本件代物弁済予約契約に基き、本件建物の所有権を取得する旨の意思表示を神保に対してなし、同年三月二日本件建物について被控訴人名義に所有権移転登記を経由したうえで、同年四月上旬にはその頃本件建物に居住していた神保の甥忠道を立退料を支払って引越させてその引渡を受けたこと、

以上の各事実が認められ(る。)≪証拠判断省略≫

以上認定の事実関係からすると、神保及び被控訴人は、本件代物弁済予約契約成立当時すでに神保が債務超過の状況にあり、本件代物弁済予約契約をなすにおいては、結局、他に多く存する債権者の債権を害するに至ることを察知しながら、あえて本件代物弁済予約契約をなしたものと認めるのが相当であるから、神保と被控訴人との間の本件代物弁済予約契約は詐害行為にあたるものというべきである。

四  しかしながら、本件建物については、本件代物弁済予約契約当時、すでに株式会社第一相互銀行を債権者とする元本極度額金五〇〇万円の根抵当権が設定登記されていたところ、同根抵当権は昭和四一年四月二二日確定債権額金四二九万三、三二〇円の普通抵当権となったが、右の事実は当事者間に争いがないので、弁論の全趣旨からして目的物が不可分の本件においては、本件口頭弁論終結時における本件建物及びその敷地である本件土地の借地権の価格の合計額から右被担保債権額金四二九万三、三二〇円を控除した残額についてのみ、詐害行為として取消され、その限度で価格賠償が認めらるべきところ、控訴人は、右残額のうち、自己の有する債権額の支払を求めているので、この点について判断するに、本件口頭弁論終結時である昭和四八年九月一四日当時における本件建物及びその敷地である本件土地の借地権の価格は、≪証拠省略≫を総合すれば、すくなくとも合計金二、〇〇〇万円であることが認められる(≪証拠判断省略≫)から、本件代物弁済予約契約は、右金二、〇〇〇万円から前叙被担保債権額金四二九万三、三二〇円を控除した残額のうち、控訴人の前認定の本件債権額金一、一八五万五、九一五円の限度で、これを取消し、かつ、右取消に基く価格賠償として、被控訴人は控訴人に対しその債権額に相当する金一、一八五万五、九一五円を支払うべき義務があるものというべきである。

五  よって、当審において交替的に変更された控訴人の新訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、右認定の限度でこれを正当として認容し、その余を失当として棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条第九二条但書第八九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石田哲一 裁判官 小林定人 関口文吉)

〈以下省略〉

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